立ち往生する古い感情を動かす

「感情を解放する」

セラピーやヒーリングで聞く言葉だけど、私はこの言葉があまり好きではありません。

もし私がセラピーを受けて「感情の解放が必要です」というアドバイスをもらったら、なんだかぼんやりとしていて実際どうしたらいいのかが余計にわからなくなる。

自分の感情を紙に書き出したり、大きな声を出したり、身体を動かしてみてくださいといったアドバイスをもらっても、自分のどの感情を解放していいのかがわからなくてモヤモヤしたままになるか、

もしくはドーパミンやアドレナリン等の興奮物質が出て、感情が解放されたと勘違いするかだと思う。

かといって、理由が明確にわかったからといって感情が解放できるわけはないのだ。

複雑に絡み合った感情。

多くの場合はその時の出来事によって生まれた感情ではなく、古くからある根っこの部分から生まれていることが多い。

自分でももうわからなくなっている部分だし、それが何かはわかってもわからなくてもいいんじゃないかなというのが私の答えです。

むやみやたらと理由づけをしない。
答えを出さない。
ただそれを感じてみる。

そんなふうにしているとだんだんと見えてくる自分の欲求。
人によってというか、これは成長具合によって変わってくるのだと思う。

安心したい
捨てられたくない
勝ちたい
癒されたい
知りたい
進みたい
愛されたい
創造したいetc

本当に必要なのは自分の欲求に気がつくことだと思う。

立ち往生している古い感情を動かすのはいまの自分の欲求を満たすこと。

満たすことは知ること。

知ることで、次の一歩をどの方向に踏み出すのかがわかる。

人間は残念ながらそんなに利口ではないと思う。
そして欲求から逃れることはまず出来ない。

欲求って言葉があまりきれいなイメージじゃないけど
自分の欲求を知らなければ必要なものはわからないよね。

子供の頃に欲しいものを欲しいって言えなかったり
欲求を外に出すことはどういうわけか躊躇する。

だから、自分の夢を胸をはって言うことも出来ない。
夢を持つことを許されなかったこともあるかもしれない。

かといって、夢を持とうと努力するのも違う。

いま自分の欲求が何なのかをまずは知ること。

立ち往生する古い感情は、もうあなたがいるのはその場所じゃないよっていうサイン。
解放と統合は同時におきるものだから、解放することに眼を向けなくてもいい。

自分の欲求を知って、そこを満たす行動を起こすことで次の扉は開かれていきます。

根っこにお水をあげて、乾きを潤してあげなければ植物が枯れてしまうように、満たすことは必要なことです。

その欲求が誰かや何かを悲しませたり、苦しめたりしないものであって欲しいけど、それも成長の段階では仕方のないことなのかもしれません。

自分の欲求を知ることは、自分の成長段階を知ることにつながります。

自分がいまどこにいるのかを知るためにも、
欲求を知ることは大切ですね。

 

 

 

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