さて、前回のブログの続きです。

ヒーリングはいわゆる〇〇ヒーリング

と言われる形にしなくても

何か特別なことをしなくても
起きるものであって

日常の様々な場面でも癒しは存在します。

たとえば

好きな人と一緒にいると優しくなれるとか
清められた場所に行くとなんだか気持ちが軽くなるとか
特別な音楽を聴くとやる気が起きるとか。

狙わずとも小さな癒しは
日常的に起こっていますよね。

そう考えるとヒーリングというものは
決まった形などなく

その人にとって必要な癒しが起こるものであれば
どんなものであってもいいと思うのです。

私もいままでいろんなヒーリングのテクニックを学んできましたし
いまもエソテリックヒーリングを勉強中です。

それは自分の中の探究心に導かれた結果であって
それが正しいとか、素晴らしいとか
そういう意味で学んでいるわけではないのです。

ヒーラーがどのヒーリングの形を選ぶかは
ヒーラー自身の1つの表現でもあるし、

そこに正解も不正解もありません。

ただ1つ、私が絶対的な正解だと感じているのは
ヒーリングの種類ではなく

ヒーラーのあり方です。

ヒーラーが何を感じ、考え、何を目的として
ヒーリングを行なっているのか。

そして、内省を怠らずに
しっかりと自分の軸を整えているか。

健康であるか。

自分のエゴと向き合えているか。

観察できる目を持っているか。

などなど、自分で書いていても耳が痛くなるような

人間の本質的な部分が
大きくヒーリングに影響すると考えています。

なので

オフィスで仕事をしていても
料理を作っていても
こうやって文章を打っていたとしても

狙わずとも
ヒーリングは起きるものです。

人間は

身体という五感からの入力が脳で変換され
感情や想念や行動という出力が生まれます。

1度自分というフィルターを通すことは
人間である以上避けれないことですから。

 

ということで、続きはまた。