長くなりました
三峯神社のお話し最終話です。

何度か書いたことがありますが
私は子供の頃に
母方のお墓がある
地元の小さなお寺さんが主催している

日蓮の聖地と呼ばれる七面山
夏になると登山修行に行っていました。

小学校2年生から中学三年までの間で
8回の登山修行。

MY白装束も持ってましたからね(笑)
お数珠を首から下げて、杖と太鼓を持って
お題目を唱えながら山に登る。

朝の5時すぎから山に登り
頂上にある敬慎院に泊まり
富士山に向かってご来光を拝み下山。

というガチな修行です。

子供の頃のそういった経験があるから
いまでも登山は好きだし

信仰とか
宗教とか
目にみえないものは

当たり前にあった世界。

かといってそこにどっぷりとはまらなかったのは
そういったものを人間がうまく使っているのを
間近で見てきてしまったからだと思う。

人間はどんなに頑張っても人間で
神様にはなれない。

神様にどんなに祈ったとしても
叶わないことは山ほどある。

でも、どこかで
神様を信じたい気持ちは誰にでもある。

それはどんな国の人でも共通してある
私たちに刻み込まれているものなんでしょう。

偶像崇拝は禁止

これはユダヤ教の教えでもあるけれど
私の中でも決めていること。

信仰の強さは
偶像ではなく

あくまでも
自分自身の神様を信じているかどうか。

今回の登拝も
自分と向き合う大切な時間でした。

登山の最中は無心であることも多く
ただただ足を前に出すことに集中して
頂上を目指す。

無心になることで
神様と出会う。

登拝にはそんな意味も
込められているんじゃないかなと思いました。

三峯神社さんは
ここ数年行った神社さんでも

とても気持ちが良くて
しっくりと来た神社さんでした。

これで秩父三社を回ったことになり
なんで秩父なのかな?とふと思ったときに

ある記憶が蘇ってきました。

私が子供の頃
秩父の山に母方のお墓がポツリとあったそうで

山を開拓するのに移してほしいと
どこからともなく連絡が来たことがあります。

うちの母は子供の頃に両親を亡くしているので
身寄りがなかったのですが

山を開拓するにあたって
墓石に書いてあった名前を調べ
そこから系統図を調べ
母のところに連絡がきたようです。

その時に、
いただいた系統図に

どのくらい上の先祖かは不確かですが
一番上に書いてあった名字が

「引間」だったんですね。

うちの母の出は埼玉だったと聞いていたので
もしかしたら遠い先祖「引間」さんも
埼玉の人なのでは?

とネットで検索してみると

どんぴしゃ!

「引間」は埼玉、秩父の名前でした。

私には先先xxxxxx代からの
秩父の血が流れているようです。

三峯神社ツアーは
自分のルーツを知り、
ご先祖様に挨拶をするために行ったのかもしれませんね。

ここから1年
お借りしてきたオオカミと一緒に

ご先祖様にもバックアップしてもらい
前進していかなければっ!

来年の三峯神社参拝に
しっかりとご報告できるように

がんばろー。

 

ではでは。

天音